探しに行くプログレッシブ
プログレッシブな音楽を作ろうとしていると、たまに「デタラメに聞こえる音列」が必要になるときがある。そんなの、デタラメに鍵盤を弾いたらいいじゃないかと思うかもしれないが、これがそう簡単にはいかない。
人間は、インクの滲みや星の配置をみて意味を見出さずにはいられない生き物なので、ちょっとやそっとの「デタラメに並べた音列」では、やはり何らかの意味を勝手に感じとってしまう。ならばとリズムを崩してみたり、音の数を増やしてみたりしても、今度はただの間違いのように聞こえてしまったりする。「これは意図的な、デタラメに聞こえるべきデタラメ音列ですよ」とわかるような音列を組み立てるには、かなりの試行錯誤が必要だ。何が普通の期待どおりの音列で、それをどう変更すると期待が意図的に裏切られているように聞こえるのか。はっきり言って、普通のメロディを書くよりもよっぽど骨が折れる。
期待見つけ隊
音楽に限らず、プログレッシブに必須の性質といえば「意外性」だろう。意外性は、期待と裏切りの1セット。期待していた展開、信じていたコンテクストがふいに裏切られたときに生じる驚きである。
プログレッシブは裏切りの瞬間に発現するので、裏切りこそがプログレッシブの真髄であるかのようにみえてしまう。が、むしろ「期待」を捉えることのほうが重要だ。
たとえば、期待形成の定番である「反復」。A、B、A、B、A、ときたら次も B を予期する。そこでまさかの C が登場して「おおッ!」となってもらえたら裏切り成功、つまり期待共有成功となるわけだが、現実にはアルファベットが並んでいるわけではない。まったく同一のものがわかりやすく並んでいるとも限らない。
しかも実際にはこういったパターン認識を人は無意識のうちに行っていて、次は○○○だろうなとか、いま自分は期待をしているなとか、自覚すらしていないことが多い。プログレッシブな裏切りをより多く発生させるには、まずは無自覚の期待を自覚領域に持ってくる、もしくは前のめりで期待を探しに行く、ぐらいの積極的なパターン嗅ぎだし力がほしい。
近距離の「違う」、遠距離の「似てる」
まだ見ぬ枝の創出には2つの異なるアプローチがある。「差異を見つけて分節」と「相似を見つけて接合」だ。ものの違っているところと似ているところ、どちらにも敏感にならないといけない。
誰でもすぐに思いつくような差異はそんなに役に立たない。たとえばハンバーガーとホットドッグの違いを、肉が違う、バンズの形が違う、と挙げていくのは簡単だ。ハンバーガーとホットドッグの間にはそうした定義的な違いがあるからこそ2つの概念に分かれているのであり、もし有意の差がないのだとしたら1つの概念に吸収されているはずである。
しかし、ハンバーガーとホットドッグを定義的に隔てている当たり前の差異ではなく、自分だけのマイ差異を見つけていくとどうだろう。ハンバーガーは逆さにしても食べられるけどホットドッグはできないとか、ハンバーガーは肉の枚数を好きに増やせるけどホットドッグは増やせないとかに気づきはじめると、枝をごっそり再分節するための手がかりになる。食べ物のもつ諸相から「もちもち」というひとつの名辞にこだわって分節を試みることもまた、マイ差異の探究といえるだろう。
一方、接合のアプローチでも、ただ遠くの枝同士をくっつけたらプログレッシブ完成というわけにはいかない。期待の裏切りとして用意したものが、期待とはまったく無関係のものであった場合、「だから?」となってしまう。たしかにそれは裏切りには違いないが、いわゆる「かかってない」状態である。
そうきたかと唸るようなグッド裏切られ体験をつくるには、ぜんぜん違うけどなんか微妙に関係ある、ちょうどいい性質の何かを遠いところから見つけ出さなければならない。接合のとっかかりとなるようなアクロバティックな相似性が発見できてこそ、跳躍的プログレッシブが可能になる。
(上)かかってないマッシュアップ
(下)かかってるラッセン・トリビュート
デタラメが許されるのはカオスまで
いくら手際のいい既存枝観測マシーンになったところで、脳内に漠然と点在する枝が増えるだけではあまり意味がない。枝同士の関係が豊かにマッピングされてこそ、肥沃な土壌となる。
というのも、ある枝の位置は絶対的に決まっているのではない。ほかの枝からどう違っているか、どう似ているかという距離情報によって、相互依存的に位置関係を保っているだけである。枝同士の差異や相似性を感じとる洞察力が欠けていてはろくなマップも築けず、拠り所のない枝デブリが宙に漂ってるだけになってしまう。
ただデタラメなことをしたり、なんの必然性もないところに跳躍するのでは芸がない。それはカオスの仕事だ。秩序を制した先のプログレッシブが見たい。
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セオ商事のプログレッシブ Advent Calendar 17日目。セオ商事のメンバー3人が「プログレッシブ」をテーマに25日間、交代で記事を書きつづけます。