気合いだけで単身渡米した
ひとりで埼玉より遠いところに行ったことがなかったので、自分のなかでは大きなチャレンジだった。たかが4泊でも、初めての単身渡米。出発の何日も前から不安と緊張に耐えきれず周りに弱音を吐くと、たいてい怪訝な顔をされた。
「え、英語できるのに……?」
いや、たしかに英語はできる。でもこの際、まったく言葉が通じない国に放り込まれたほうが怖くない気がする。だって、言葉だけはネイティブレベルのいい大人が、日常のあらゆる所作に初めて挑む様子を想像してほしい。バスの乗り方、切符の買い方、チップの払い方、すべてにおいて挙動不審。イギリスやオーストラリア訛りでもあればまだよそ者でございという空気も出せるかもしれないけど、残念ながらド真ん中の西海岸英語なので苦しい。
そんな恥ずかしがらなくても、自意識過剰だよ、と思うかもしれない。でも、人って同じ非常識な行動を目の前でとられても、相手を「わからなくても仕方ない人」と査定したか否かで態度が大きく変わるものだと思う。
以前、山奥で浮き世離れした生活をしていた陶芸家が上京して初めてマクドナルドで注文するところを見たことあるんだけど、店員さんめちゃくちゃ困惑して「ハッ?」ってなってた。そんな人がこの世にいると思わないから。でもメニューを見て呆然としているのがもしいかにも初マック風のおじいちゃんだったら、店員さんも手取り足取り笑顔で教えてくれるわけでしょう。
とにかく私がいきなりアメリカに行ったら、それこそマクドナルドでまともに注文ができない、ということがあり得て、流暢な英語でトンチンカンなことを言ってるやばい人と判定されてしまった場合、不快な思いをするのではないか、するんだろうなあ……という、心がデリケートな人間ならではの心配である。
移動能力が低い
アメリカに住んでたのは幼稚園のころなので生活については何も関知してなかったし、そのあとも家族と何度かディズニーワールドに行ったぐらいだけど、ディズニーワールドはほぼ独立国家なので「アメリカに行った」にはカウントされないだろう。あそこはオーランド空港に着陸さえすればあとは人がなんでもやってくれるというか、お金さえ払えば目を閉じてても自動的にホテルに着ける仕組みになっている。
実家を出てからは、旅行すらしなくなってしまった。最後の海外旅行から気づいたら10年近く経っていた。
そもそも「移動」というもの自体が下手くそなので、道や電車はもちろん、家の近所もだいぶおぼつかない。自宅から数十メートル程度のところで、自宅の真裏にある何度も行ったことのあるレストランへの道を訊ねられたときに、指を差す方角もわからずグーグルマップを調べたこともある。
人のお金で渡米する
そんな私がよりによってなぜひとりでアメリカに行こうと思ったのかというと、なんと資金の大部分を援助してもらえたからだ。去年末から参加している Women Who Code という女性エンジニア支援のためのNPOが、毎年主催しているサンフランシスコでのカンファレンスに各国の支部スタッフを招待してくれるという。入ったばかりでまだ大した貢献もしていないので恐縮ではあるが、東京支部を代表して行かせていただくことに。ありがたいことにセオ商事からもバックアップを得て、私はスーツケースと気合いだけを持参すればいい感じになった。
今まで経験したことないほど人種的に多様な空間に身を投じてみて、テック業界の中心地で大勢の女性エンジニアと交流し、知らない土地でひとりで過ごしてみる──。少し勇気を出せば、こんな有意義な経験がごっそり一度に得られるんだ、と自分に言い聞かせながら、心細さで半泣きになりながら荷造りをした。
(つづく)